「日本文化そもそも」とは、
日本文化の根本を知り
「そもそもこういうことだったのか!」ということに気づき
暮らしに息づかせるために
今の世の中から忘れられていることを取り戻し
本当の意味で、心豊かに暮らすためのヒントを見つける講座です。

※「サラダ隊」とは「こころ塾」の「和文化サラダ」開催時に結成された
ボランティアレポーターチームの名前です。
それぞれの感性で書かれたレポートをお楽しみください。

平成21年6月〜1月 講座内容と各先生のプロフィールはこちら。
読売新聞ホームページでも掲載されました。


日本文化そもそも  平成22年1月23日(土)


  その2
〜日本の建築と木〜


講師: 中川典子氏

(銘木業・文化財建築材納入・京の町家再生等に従事)


場所:大徳寺保育園
 
レポート:サラダ隊 金時にんじん   写真:吉田明彦

主催:和の学校  共催:京都府

京都府のホームページ内の

「京都eラーニング塾」で

動画配信しています。


京都eラーニング塾

http://info.pref.kyoto.lg.jp/el/

平成22年1月23日(土)に
大徳寺保育園で開催された
「日本文化そもそも」は、
京都に息づく木の文化について
学ぶ講座でした。

女性としては珍しい銘木業を継いでいる
中川典子さんから銘木について
お話を伺いました。


中川 典子(なかがわ のりこ)

叶逍{銘木商会。
1970年京都市生まれの京都育ち。
木屋町三条で、高瀬川の運搬を利用した、
江戸時代から続く材木商、「酢屋」に生まれる。
女性では珍しい銘木業の修行を経て、
文化財建築材納入、
京の町家再生、床の間づくり、
新しいモダン和風空間づくりに従事。

京都新聞にて、
平成十五年から始まった「木林学ことはじめ」、
続編平成十九年「木林学のススメ」の連載を
約3年担当する。

趣味は、和菓子研究。
和菓子好きが高じて、
京菓子普及の「京都・和菓子の会」を主宰。



講座が始まる前には、
こちらのご住職の奥様である
森雅子さんに、
玉林院の由来を聞き
本堂の拝観をしました。

第1部 講演
中川典子氏
―日本建築と木―
【酢屋について】
 
今回の会場である大徳寺玉林院には
「霞床席(かすみどこせき)」と言われる
有名な床の間があります。

富士山にたなびく霞に見立てて
掛けられている違い棚のほか、
天井や柱など色々な箇所に銘木が使われています。


酢屋は京都で
創業280年以上を越える材木商です。

幕末の志士、
坂本龍馬をかくまった店としても知られ
司馬遼太郎先生の小説
「竜馬がゆく」の第8巻にも登場します。

しかし司馬先生の小説が出版されるまでは、
坂本龍馬は歴史的には無名の存在で、
英雄というよりも脱藩して
国家を脅かした犯罪者という扱いでした。

そのため酢屋でも戦後になるまで
龍馬や海援隊の志士を
かくまっていた事実は隠していました。

8代目酢屋嘉兵衛の頃に
司馬先生が取材に来たことがあるのですが、
最初は「うちにいたのは坂本龍馬ではなく
才谷梅太郎さんです」と言って
司馬先生を追い返したというエピソードもあります。

(※才谷梅太郎は龍馬の変名)

酢屋は町家造りの建築様式ですが、
現在の法律では
町家は規格外の建物となってしまうため、
一度壊してしまうと再建が出来ません。

酢屋でも昨年
隣ビルの解体工事で
玄関と2階のギャラリーの天井が
破損してしまいましたが、
修理を重ねて今に至ります。

天井の丸太には、
修理した日付や
大工さんの署名があり、
今までに何度も
修理を繰返されてきたことがわかります。

酢屋で扱っている「銘木」とは、
一般的に知られているのは
床柱や看板などの
目に見える外装・内装材として
使われる木のことですが、
他にも職人さんが使う
木の道具なども含まれます。

唐紙を作る時に使う版木や
和菓子の木型、
和ロウソクに使う木ロウ、
染め物をする時に混ぜる木の粉なども、
良い木から作ったものでないと
使用できないので、
全て銘木と言えます。

大きなものでは仏像を彫る木なども含まれます。








知っていても意外と書けないものです。

この日の成果は14個でした。

また「杉」は学名にジャパンという言葉が使われるほど、
日本でよく使われている木ですが、
銘木として使われる杉の種類をいくつ言えるでしょうか?

屋久杉、北山杉、吉野杉、
秋田杉、春日杉、霧島杉など
色々な種類があります。

※杉の正式な学名は
「クリプトメリアジャポニカ(Cryptomeria japonica)」、
英語では「Japanese cedar」といいます。

【クイズ 
 木のつく漢字を書いてみよう!】


一通りの説明のあと、
ここでちょっとクイズコーナーです。

ここで会場の皆さんに「木」のつく漢字を
順番にあげてもらいました。

いくつ集まるでしょうか?
またいくつ書けるでしょうか?


【身近な銘木まな板】

私たちの生活に身近な銘木といえば
まな板があります。

酢屋でも料理人さん達から
まな板のご注文をよく承ります。

よく知られているのはヒノキのまな板ですが、
使いこんで傷がついたまな板は
銘木屋で薄く削ってまた使うことができます。

老舗のお店では
この薄く削ったまな板を
お弟子さんへののれん分けの餞別として
持たせることもあるようです。

その他に朴(ほう)の木のまな板というのもあり、
うなぎ屋さんでよく使われています。

朴は収縮性がある木なので、
うなぎの目打ちをした後でも
穴が元に戻りやすいと言われています。

また朴の木は製材して
時間がたつと緑かかった色になります。

うなぎをさばくと、
血の赤と木の緑が混ざって黒い色になるのですが、
まな板を洗う時
この黒い色が消えるまで洗うというのが
目安の一つになっているとも聞きます。

あとは桜の木のまな板もよく知られます。

和菓子屋さんの中でも桜餅専門のお店では、
まな板も桜の木から作られたものを使用しているお店があります。

料理人さんのこだわりや好みによって
様々な種類の木がまな板として使われています。

     
 
桜貼の磨き丸太

桜の皮を巻きつけた丸太です。
 
桧 錆び丸太

表面に自然のカビを
つけさせた丸太。
お茶室の床柱によく使われます。

第2部 体験
―京都伝統工芸品の北山杉を観察しよう!―
 
 
体験1:
京都伝統工芸品の北山杉を観察しよう!


今回の講座では、
中川さんに2種類の北山杉を
持って来てもらいました。

木肌がつるつるとした磨き丸太と、
10代目酢屋嘉兵衛
(中川さんのお母様です)好みの
はんなりとした優しい雰囲気の
天然出絞(デシボ)丸太。

表面にシボと呼ばれる
凹凸がある天然の出絞丸太は、
自然に出来た模様に対し、
木の表面にお箸のような
木片を巻きつけて作る丸太を
人工絞り丸太と言います。

丸太をかつぐときは
肩にかついで
両手が離せるようにならないといけません。

また丸太の後ろには
背割れという切れ込みを入れています。

木目を見て、 その木の
一番美しい木肌が見える面を残して、
その後ろ側にクイを入れています。

こうすることで
乾燥して木が収縮したときにも
背割れ部分から割れていくため、
表側に美しい木目が残ります。

いい丸太は重心がしっかりしているため、
立てて回してもブレません。

これは狭い倉庫の中でも
よい丸太を見分けるための
職人さんたちの知恵です。



体験2:新年の誓いを書こう!

今回、参加者の皆さんに配られた木札。

紙が貴重だった時代には、
このような薄い木に
商談のメモや手紙を書いて
送ることもあったそうです。

旧正月を控えたこの日。

少し早い書初めとして
皆さんに新年の抱負を書いてもらいました。




第3部
ほっこりタイム


この日のお菓子は塩芳軒謹製の
「北山杉」というお菓子です。

塩芳軒の若主人が
お菓子の品評会に出品されたものを
中川さんが気に入り
「中川モデル」にされたとのこと。

http://www.kyogashi.com/kyoto/main.html
京菓子普及の「京都・和菓子の会」を主宰する
中川さんのために特別に作られたお菓子なのです。

一般に発売はしておりません。
京都の和菓子屋さんには
色々なところにこのような
「中川典子モデル」の裏メニューがあるそうです。




Q. 木を乾燥させる期間はどのくらいなのでしょうか?
A. 大きさにもよりますが、杉やヒノキですと大体1年半〜2年の間です。

乾燥させている間は、毎日のように見に行きます。

美しい木肌を作るためには、人間の肌と同じで
適当な湿度を保つことや太陽の光を防ぐことが重要です。

そのため、日陰の涼しい部屋で太陽の光を遮断した状態にし、
部屋の照明もごく弱い明るさの蛍光灯を使います。

手をかけた子は可愛いといいますが、
祖父の時代は木が売れることを「嫁入り」と言っていました。
   
Q. 大工さんに「とちぶしん」と言う言葉を聞いたことがあるのですがどういう意味でしょう?
A. おそらくそれは「栂普請(とがぶしん)」だと思います。

「栂」は通常「つが」と読みますが、
地方によって読み方が違う場合があり、この場合は「とが」と読みます。

京都の町家はほとんどがこの栂普請です。

お金持ちの家は檜(ひのき)普請の家もありますが、
江戸時代はご禁制の影響もあって檜はあまり使われていません。

檜に比べて栂は木目は似ていますが
固くて反りやすいため加工に時間がかかります。

このように時間をかけて家を築いていくというところが町家の心意気だったともいえるでしょう。
   
Q. 桜の皮を巻きつけて作った丸太ですが、接着剤は何を使っているのでしょうか?
A.

正確な商品名までは今言えませんが、
昨今はこういったものにも全て証明書の提出が要るため、
定められたものを使っています。

   
Q. 先ほどまな板の話が出ましたが、
我が家にはいただきもののイチョウのまな板があります。
どういった特徴のものなのでしょう?

また同じくイチョウの端材もいただいたのですが、
臭いもあり、使い道がわかりません。
A. イチョウは大きな一枚ものの板がとれるため、
継ぎ目のないまな板を作ることができます。

そのため蕎麦打ちなどの粉をこねる作業に適しており、
ケーキ屋さんやパン屋さんにも好んでお買い求めいただいております。

弾力があるため、まな板に傷がつきにくく刃物を傷めないという特徴もあります。

端材については臭いは少しずつ消えていくと思いますが、
臭い木には臭い木なりの役割があると言われています。

クスノキも切ったばかりの木材を倉庫に入れておくと
頭が痛くなるような臭いがしますが、
虫がつきやすい松の木と並べておくと、
クスノキの臭いで松に虫がつくのを防いでくれます。

木は腐らない限り後世へも残せるものなので、
端材は今しばらく保管しておかれるとよいのではないでしょうか。




サラダ隊 金時にんじん の 思ったこと
連続テレビ小説「おのり」

今回の講座に参加した皆さんの中には
中川さんのユーモアたっぷりのこの言葉が印象に残っている方もおられるのではないでしょうか。

大学を卒業後、
出版社勤務を経て家業の銘木屋に入った中川さん。

 
男性中心であった世界では
修行先を見つけるのにも市場に出るのにも
それぞれに並々ならぬ困難な道のりがありました。

ドラマのヒロインがいつも前向きに
人生を切り開いていくように
中川さんご自身も周囲の棟梁や職人さんに
育てられながら今日に至るそうです。

生きた材料である木材を扱う仕事にとって
この「育てる」ということが
重要なキーワードになっていると思いました。

木は山から切り出してすぐ使えるものではありません。

乾燥や仕上げの加工などの養生期間を経て
初めて銘木として新たな生命を与えられるのです。

木を育てて世に出す(配る)ことは
「気を配る」作業であり、
木を使うことは
「気を使う」ことでもあると中川さんは言われていました。

中川さんが京都新聞に連載されていた
「木林(きりん)学ことはじめ」の最終回には、
人生を導くための5本の「心の樹」があるということも書かれています。

その樹とは中川さんのお祖父様が伝えた
「やる気、根気、負けん気」の3本に、
10代目酢屋嘉兵衛である中川さんのお母様が
「勇気、元気」を付け加えた5本のことです。

酢屋で販売されている
犬のおもちゃ。

小さい子供でも
安心して遊べるように
角は全て丸く削られています。
また木目や木の肌を見定めて製材するということが
日本独自の美意識であるという話も印象的でした。

日本人は昔から木目の美しさを
最大限に引き出す方法を考えながら木を使ってきました。

樹木の生きた証明でもある
木の年輪や木肌を尊重するからこその繊細な文化だと私は思います。

木のいのちを大切にすることは、
それを使う人間のいのちや生活を大切にすることにもつながります。

現代の法律では
新しく町家が建築することができず、
最近の住宅事情では
和室や床の間のない家も増えてきました。

床の間やお茶室がない家が増えてきたとは言っても、
人々の関心が全くなくなったというわけではありません。

床の間や本物の銘木を使った家に対する
憧れがある人たちも多いそうです。

そういった時代背景にあわせて、
イス席でも可能な和室のしつらえを考えたり、
食器やアクセサリーなど身近なもので
木のぬくもりを感じる製品を作りだすのも
中川さんの取り組みの一つです。

(酢屋では実際にお碗や箸置きやおもちゃなど
様々な木工品が販売されています)

ご自身の仕事を
「木を知っていただく入り口」と
説明されていた中川さんの今回の講座では、
銘木が私たちの目に触れるまでに過ごしてきた養生の期間と、
その木を育てる人間の姿を通して、
本来自然の一部である
私たち人間がそれぞれのこころや暮らしと
丁寧に向き合うことを教えていただきました。

文化とはいつの時代もそうやって育てられてきたものであり、
目に見えるものとして生み出されるまでに
注がれてきた人の思いや
時間の流れを感じることなのだと思います。

中川典子さんの連載

「木林学ことはじめ」
http://www.kyoto-np.co.jp/info/education/kirin_mae/index.html
「木林学のススメ」
http://www.kyoto-np.co.jp/info/education/kirinngaku/070604.html
酢屋&千本銘木のホームページ
http://kyoto-suya.co.jp/

当日のアンケートから
一年間ありがとうございました。

京都に生まれ、住んでいますが、再発見する事の多い会に出合えて、
もっと勉強をしなければと感じました。

今後も機会がありましたら参加させていただきます。

とてもいい会です。

またきたいと思います。

よろしくお願いします。
木の文化にとても興味があり、是非受講したい と思いました。

中川先生のバイタリティにとても感銘しました。

我が家は全て杉の木で作られており、
すこしやすい日常に今日のお話にもとても賛同するところがあり、
これからもじぶんの回りから微力ながら木の文化をすすめたいと思いました。


スタッフ後記
平成20年から開催されてきた
「日本文化そもそも」シリーズは
今回でひとつの区切りを迎えます。

前半は日本文化の重要な要素である
「自然と風土」「お盆」
「月」「火」の4つのテーマを取り上げ、
後半は「衣」「食」「住」について
それぞれ2講座を開講しました。

参加者の代表として
毎回レポートを担当してきたのは
ボランティアスタッフから
結成されたレポーター、
通称「サラダ隊」のメンバーです。

「日本文化そもそも」シリーズの 前身である
「和文化サラダ」
(平成18年〜平成19年)の
開講時、
サラダにちなんで
それぞれが京野菜の名前をいただいて
レポーター名にしました。

最終回のスタッフ後記は
このサラダ隊のメンバーからのひとことです。

【賀茂なす】

■レポート担当回:

日本の自然と文化〜はじまりのものがたり〜


盂蘭盆会〜お盆ってなあに?〜

“賀茂なす”です。

「和文化サラダ」の企画が出たとき
「レポーターをするなら、ぜひこの私めに!」と、
素晴らしい勢いで手を挙げたのがすべての始まり。

まるで押しかけ女房のような状態で参加させていただいた次第です。

何よりもバラエティに富んだお話が聞けた「和文化サラダ」。

衣食住をはじめ、宗教行事や年中行事についていろんな話があり、
人生にさまざまな影響があった気がします。

「目からウロコ」な話も多数あり、日常生活の中にも変化がありました。

毎日を今まで以上に丁寧に生きるキッカケにもなったように感じます。

歴史や武将が好きな女性を、最近は「歴女」なんて呼びますが、
“賀茂なす”も御多分に漏れず歴女な生活を送っています。

携帯電話に家紋がついているのもご愛嬌でしょうか。

流行の美形武将が登場するメディアもしっかり享受していますが、
本来の興味はもう少し真面目な方向に。

寺社仏閣や城などの建造物が好きで、
武将や幕末の志士、縁の史跡に出かけて逸話を聞くのも楽しいもの。

中でも興味があるのは当時の美術品。

写真を眺めてウットリ、美術館や博物館でホンモノやレプリカを舐めるように見るなど、
なんだか危険人物な今日この頃です。

本業はフリーランスのライターなのですが、
ありがたいことに歴史系や寺社仏閣周辺の仕事もぼちぼち増えており、
趣味と仕事を両立させる毎日です。

美術品にまつわるの逸話を紹介したり、
かんたんな解説を書くような仕事もしております。

「和文化」とはなんだか乖離しているような気もしますが、
京都在住を生かして“和”周辺の仕事に力を入れていく予定です。

またどこかで“賀茂なす”を見かけましたら、どうぞよろしくお願いします。

【京水菜】

レポート担当回:

月〜月への想い〜火〜祈りと暮らし〜

衣その1〜日本人の衣服〜
食その1〜自然の恵み〜

レポート担当スタッフとしてお手伝いさせて頂く度に、
様々なことを学んで、いつも貴重なお土産を頂いて帰っているようでした。

それは、講師の方々からの知識であったり、
参加者に教えて頂く情報であったり様々です。

中でも、毎回必ず持って帰ることの出来るお土産は
色々な方の「思いやり」です。

レポーターとして、ほんの少しだけこころ塾の裏側を見ることが出来、
そこには場所を提供してくださる方の思いやりや
お菓子を提供してくださる方の思いやり、
また、講師の先生方の思いやりと、
とにかく思いやりが溢れているといつも感じます。

そんな暖かいこころ塾が、この先もずっと続いていくように、
22年度も私も思いやりを持ってスタッフとして頑張って行きたいと感じています。

そして、参加してくださる皆さまにも、
沢山のお土産を持って帰って頂ければ幸いです。
参加してくださった皆さま、本当にありがとうございました。

【金時にんじん】

レポート担当回:「住その1」日本人の住まい「住その2」木のある京の暮らし

和文化サラダの頃からあわせると
合計7回のレポートを担当させていただきました。

過去のレポートを読み返してみると
自分の昔の日記を読んでいるような気恥ずかしい気持ちになりつつ、
この講座を通して学んだたくさんの事が思い返されます。

講師の方々をはじめとして
色々な「和の達人」と接する機会が多い和の学校のイベント。

素敵なお着物を着こなして参加される方、
狂言やお能のお稽古をされている方、
邦楽、お茶、お花、書道を究めておられる方など、
様々な和文化の精通者とご一緒させていただきました。

何の心得もない金時にんじんとしては
毎回恐縮した気持ちになっていたのですが、
これをきっかけにもっと日本文化を学んでみたい、
知りたいという人たちのアマチュア代表としてレポートを書いてきたつもりです。

色々と無作法な点もあったかとは思いますが
温かく受け止めてくださった皆様にこの場をお借りして改めて御礼申し上げます。

メールや電話での交流が当り前になった現代の生活では、
じっくりと長い文章を書くという機会が少なくなっていると思います。

レポートを書くという行為は自分でも気付かなかった
自分の考えや思いを再発見できる緊張感のあるとても面白い作業でした。

和の学校のサイトには色々な投稿コーナーがありますので、
今、この拙文をお読みいただいている皆様も
ぜひ一度つれづれなる思いを綴ってみませんか?
またどこかでお会いできることを楽しみにしています。

本当にありがとうございました。

【聖護院大根】

レポート担当回:衣その2〜自然の色を染める〜「食その2」歳時記と食

「日本文化そもそも」でレポーターをさせていただき、
幅広い分野の先生方のお話から、たくさんのことを学び、
楽しませていただきました。また、スタッフのみなさまとお話し、
文化祭前のような気持ちで毎回準備できた時間も宝物です。

このような素晴らしい機会を設けてくださった
スタッフのみなさまに大変感謝しております。

これから、日本人として和の文化をもっと身近に感じていきたいです。

そして、私から少しでも多くの方に発信していけたらと思っています。

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