「日本文化そもそも」とは、
日本文化の根本を知り
「そもそもこういうことだったのか!」ということに気づき
暮らしに息づかせるために
今の世の中から忘れられていることを取り戻し
本当の意味で、心豊かに暮らすためのヒントを見つける講座です。

※「サラダ隊」とは「こころ塾」の「和文化サラダ」開催時に結成された
ボランティアレポーターチームの名前です。
それぞれの感性で書かれたレポートをお楽しみください。

平成21年6月〜1月 講座内容と各先生のプロフィールはこちら。


日本文化そもそも  平成21年11月8日(日)


  その2
〜自然の色を染める〜


講師: 吉岡幸雄氏

(染織史家・
植物染による日本古来の伝統の技をいまに伝える)


場所:大徳寺保育園大徳寺玉林院内)
 
レポート:サラダ隊 聖護院大根   写真:吉田明彦

主催:和の学校  共催:京都府

京都府のホームページ内の

「京都eラーニング塾」で

動画配信しています。


京都eラーニング塾

http://info.pref.kyoto.lg.jp/el/

平成21年11月8日(日)に
大徳寺保育園で開催された
「日本文化そもそも」は、
麻の布を団栗で染め、
お歯黒鉄で媒染する体験を中心に、
(ばいせん−染料を定着させ、発色させる方法)
日本人の暮らしに根付いた
植物染の歴史や、
1年を通して感じられる
自然の色について、
肌で感じることができる講座となりました。
吉岡幸雄

染織史家。京都生まれ。
「染司よしおか」の5代目当主。

吉岡幸雄先生 主要論著
『日本の色を染める(岩波書店)』
『日本の色辞典(紫紅社)』
『染と織の歴史手帖(PHP研究所)』など

「紫のゆかり」吉岡幸雄の色彩界



第1部
玉林院本堂拝観


晩秋とはいえ
日差しがあたたかいこの日。

まず最初に普段は公開されていない
玉林院の本堂を拝観することになりました。

本堂前の広い廊下に集まり
こちらのご住職の奥様である
森雅子さんに、
玉林院の由来を聞きました。

この玉林院は大徳寺の塔頭のひとつで
重要文化財に指定されています。

慶長8年(1603)に
御所出入りの医師であった
曲直瀬正琳により
自らの菩提所として創建されました。

本堂は大徳寺の塔頭本堂の中では
最も規模が大きなもので、
近世初期の
方丈建築の好例とのこと。

また本堂室内の襖には、
狩野探幽ら狩野一門の絵師による
水墨画が描かれています。

六年間にわたる修復工事で
桧皮葺の屋根や
大廊下が完成したことを
お話しいただきました。

大徳寺 玉林院ホームページ
ホームページ内の
「しょうりん」のバックナンバーは
内部の写真や修復過程の様子が
丁寧に掲載されています。
ぜにご覧ください。

また、玉林院さんは保育園だけでなく
「たつのこおもちゃライブラリー」も
運営されています。

「おもちゃライブラリー」とは
障害を持つこどもたちのために
発達に合ったおもちゃを選び、
遊びを通して「人」や「もの」との
かかわりを豊かにしようという趣旨のもとに
スウェーデンで始まり、世界各国へと拡がりました。

ここは京都で最初に開設されたところです。

玉林院のご住職
森幹盛さんの奥様
雅子さんが
お寺の由緒について語ってくださいました。

広い縁側で
始まるまでの時間を過ごします。
心落ち着くひととき。

第2部
講演:「日本の色を知る」
体験:天然染めの基本を知ろう!
本日、参加者の皆さんには、
「団栗(どんぐり)」を
拾ってきていただきました。

団栗の種類を分け、
丁寧に数を数えて
持ってきてくださった方をはじめ、
たくさんの方にご協力いただきました。

この団栗を使って、
植物染を体験します。

団栗とはクヌギ・ナラ・カシなど、
ブナ科の落葉高木の実の総称で、
奈良・平安時代には
「橡(つるばみ)」と呼ばれていました。

当時は、実の渋を抜いて食用にもされていましたが、
黒や茶色を染める染料としても
親しまれてきました。

<吉岡先生の実演>

「皆さんもこのように染められるはずです。 」

本日、先生は
ご自身の工房で染められた
洋服を着ておられました。
どんぐりを煮出した液を
ボールに入れます。
お手伝いくださっているのは
染織家の佐藤竜子さん。


団栗で染色した麻の布を明礬の媒染液と
お歯黒鉄を溶かした媒染液にいれました。

すると、明礬に入れた布は赤茶色に、
鉄の媒染液に入れた布は
鈍色(にびいろ)になりまし

明礬は石灰と同じ成分で、
さんご礁などに含まれており、
鉄は土の中に含まれています。

昔の人は、その土地で手に入る成分を
色止めと発色効果のある媒染液として使用し、
また、早くから
染め分ける技術を持っていました。

このように先人は、
自然の営みの中で色を見つけてきました。

渋柿はとても簡単に染めることができるので、
ぜひチャレンジください。


<染めについて>

団栗から出る茶色は、
「タンニン酸」から抽出されます。

「タンニン酸」はどの植物の中にも
多かれ少なかれ含まれていて、
虫食いや、葉や実が傷ついたときに、
防菌のため傷口に集まる成分です。

このタンニン酸が、
茶色の色素の基となります。

実が木から落ちたとき、
切れた部分にタンニン酸が集まり、
染色ができるようになります。

ちなみに、麻の繊維の茶色も、
もともと植物が傷を
受けてできたものです。

植物染をする際に、
花ではあまり色は染まりません。

花はきれいな色をしていますが、
基本的には、草木染は隠れたところにある
色を引っ張り出します。

したがって、安定した色は
根や皮の内側にあると言えます。

植物染は、誰にでもできます。
庭にある木やどんぐり、木の皮、松ぼっくりなど
何でもタンニン酸があるので
染めることができるのです。

ただ、自然の色はすぐには
染まらないので時間をかけて、
焦らずに重ねて色を入れていきましょう。


<歴史>

人類が色彩について
情感を込めて認識するようになってから
長い年月の間、
19世紀に化学染料が発明されるまでは、
人々は、自然界の
植物や生物、土によって色素を求めてきました。

今から2000〜1500年前に、
中国の隋・唐から
貴族達を彩る染色技法や
染料が渡来してきました。

展示されていた美しい絹糸。
天然の色はくすんだ色と思いがちですが
本当はこんなにも鮮やかな色なのです。

現在、「日本の色」というと挙げられる
紫や紅、藍も例外ではなく、
日本独自の色は皆無に等しいとも言えます。

また、養蚕技術が発達するにつれて、
絹が日本に根付き、
色鮮やかに染められるようになったことから、
華やかな色が生まれたとも言われています。

絹は中国より伝わったばかりの
高級な品であり、
当時熱帯のインドが原産の木綿は、
中国・日本などの温帯には
まだ到達していなかったため、
一般の人々は麻を栽培して
それをおもに衣料としていました。

山野に自生している
藤、葛、科などの樹皮も、
その内側の繊維を
細く裂いて糸にして
機にかけて布としていたのです。
日本文化そもそも衣その1参照

これらの庶民の衣料となる布に、
色と文様を表すため、
橡、矢車など身近な木の実が
染料として用いられていました。

華やかな色は退色しやすいですが、
橡はいつまでも色が残っていると言われていました。

江戸時代の中ごろを過ぎると流通経済が発達し、
冨を蓄える人が増え、庶民もだんだんと贅沢になって
きらびやかな衣装を着るようになりました。

これに対して将軍や大名たちが、
たびたび贅沢禁止令を出しました。

そこで町人はあえてお上の命にさからうよりも、
媒染液などを用いて地味な色に変化をつけて楽しもうとしました。

「 百鼠四十八茶」というようにそれぞれ微妙な色相を楽しんだのです。

<展示>

吉岡先生が、澄んだ色に染められた絹の重ね合わせ、
「襲(かさね)の色目」をご用意してくださいました。

平安時代、貴族が自分の装束の襟元や袖口、
裾などに現れる色の対比や透かした色調で、
季節の花や自然の色合いなどになぞらえて
楽しんだものを「襲(かさね)の色目」と言います。

たとえば2月には紅梅、3・4月には桜や柳、
5月には杜若、夏には流水、10月には菊、
11月には黄朽葉や紅葉など…
四季おりおりの自然を、色で表現しているのです。

日本には、染めという文化からも
あらゆる生活行事や衣装において、
四季を感じさせること、季節を現すことが求められていました。


襲の色目(かさねのいろめ)
紅梅


杜若
流水

黄朽葉
紅葉

また、以下の染材料も展示としてご用意してくださいました。

紅花(べにばな)
日本茜(にほんあかね)
日本に5世紀頃もたらされ、
女性の唇や頬を彩ってきました。

黄と赤の入り混じった花の
花びらを日干しにすると、
黄色がだんだんと赤色になります。

日干しした花びらを水につけ、一晩おき、
それを混ぜると
黄色の色素が水に溶け出します。

紅花染ではこの黄色の色素は捨て、
赤色の色素として使います。

稲藁(いなわら)を黒焼きにしたもので
灰汁(あく)を作り、
これを使用して、染料を作り、
布を染めることで
鮮やかで美しい赤が染まります。

茜には、 中国や日本の
山野に自生する日本茜や、
インド原産の 六葉茜などの
種類があります。

やや黄味をおびた華やかな色は、
武将の鎧や
旗指物などに用いられましたが、
染色技術の困難さと
紅の鮮やかな色に代わって、
室町時代を境として
急速に衰退してしまいました。
支子(くちなし)
黄蘗(きはだ)
本州西部、四国、九州、台湾など
暖地に自生し、
秋になると橙色の実をつけます。

染めると赤味を帯びない
やや強い黄色となります。

日本では天平時代の文書に、
支子によって
紙を染めたという記録がありますが、
この色素は堅牢度があまりよくなく、
黄檗のように防虫効果もないため、
あまり歓迎されなかったようです。

お正月のきんとんはこの支子で
黄色く色づけされることで知られています。
日本列島、朝鮮半島、
中国北部の山野に自生します。

樹皮の内側が鮮黄色であり、
古来から重要な黄色染料や
薬用として用いられていました。

他の染料を染めた後に
後掛けすることにより、
色止め的な効果があり、
また、防虫性もあるため、
布や紙によく染められてきました。

京都の南部にある
宇治の黄檗(おうばく)は
この黄蘗が採取されたため、
この地名になったのだと
伝えられています。
蓼藍(たであい)
紫根(しこん)
古代において「藍」という言葉が
染料全体を指したように、
藍は天然染料の中で最もよく用いられ、
青を代表とする日本の色です。

古くより庶民の衣料に
使われていた麻にも染まりやすく、
高貴な人々にも親しまれていました。
紫は王朝の人々に使用され、
優雅なものの代表とされており、
聖徳太子も
使用していたと言われています。

紫草の根は
黒味がかった紫色をしており、
紫根は媒染剤を必要とする媒染染料で、
一般的に明礬やアルミニウムを
媒染剤として用います。

木や藁の灰を熱湯につけた
アルカリ性の液を灰汁(あく)と言い、
特に椿の灰は、
いにしえから紫根や
そのほかの植物染(しょくぶつぞめ)の
発色剤(はっしょくざい)として
美しい色をかもしだしてくれました。
刈安(かりやす)
矢車(やしゃ)
ススキに似た多年草の植物で、
古代中国の正式とされた黄色は
刈安で染められたと言われています。

本州中部及び四国の山野に自生するため、
大量に入手できることから
庶民の衣服とされていました。

滋賀県の伊吹山のものが有名です。
矢車附子(やしゃぶし)も含め、
樺の木科の果実を総称して矢車といい、
昔から茶、黒染に用いられ、
重要な染料の1つに数えられています。

樹皮、幹材や葉も染色に利用でき、
9月頃の青く熟した果を採集し、
乾燥して保存し、
いつでも染色に用いることができます。

アルミ媒染で茶味の黄色、
鉄媒染で紫黒色から
黒茶色を染めることができます。
蘇芳(すおう)
檳榔樹(びんろうじゅ)
主にインド南部やインドネシアなどの
熱帯地方に生息する樹木で、
木芯部に含まれる色素で
古くより染料として用いられてきました。

発色には媒染剤を必要とし、
媒染剤によって赤色、
紫味を帯びた赤色、
紫色が発色します。

日本には奈良時代に輸入され、
渡来の染料という
稀少性から貴ばれていました。

インドから東南アジア、
中国や台湾などに幅広く分布しています。

品の良いグレイや黒が染まるため、
黒の紋付や文様染、
漁網などを染める黒染を
代表する植物です。

日本には江戸時代に長崎に輸入されました。
参考文献:
『日本の色辞典』吉岡幸雄、『日本の色』吉岡常雄、
『草木染 染色植物図鑑』山崎青樹著、『染を学ぶ』京都造形芸術大学 編

和の学校ホームページ内
吉岡幸雄先生監修「色の万華鏡」 にも詳しく掲載されています。
ぜひご覧ください。


<体験>


◆ 下準備


あらかじめ拾っておいた団栗を、
大きいボールに入れ、たっぷりのお湯
(団栗230gに対して5Lの水)で沸騰させ、
そのあとは中火で約20分煮沸します。

20分後、団栗をザルで濾し、
抽出液を用意します。
抽出した液約150ccを、
お湯7.5Lに入れ、染液を作ります。

温度を40〜50℃に保つため、
ガスコンロにかけながらの作業となります。
(ここまでの作業はスタッフが行いました)

2回目の染めの時に、
抽出した液を約150cc加えました。

参加者の方々が持ってきてくださった
たくさんのどんぐり。
これを講座の始まる前から
どんどん煮ていきます。
ざるでどんぐりを濾して染液を作ります。

 

◆ 手順

@ 地入れのため、
40〜50℃の温度のお湯に、
用意した麻の布を入れました。

染める際に、
色のムラができないように、
お湯がしみるように
布全体を浸しました。
A 地入れした布を染液に入れます。
染めムラの原因となる
気泡ができないように、
布同士がくっつかないように
布を上下に動かしながら、
15分間作業を行いました。
B 15分後、布についた
余分な染液を洗い流すため、
タライに張った水でさっと水洗いをしました。
C 鉄を溶かした媒染液に、
15分間布を浸します。

この際、染液の作業と同様に、
布を上下に動かしながら作業を行いました。

D 染液を水洗いしたタライとは
別のタライで媒染液をさっと洗い流します。
E A〜Dを回繰り返します。

(本当は4回繰り返すのですが、
本日は時間が少ないため、
2回だけ行いました。)

   

F しっかり洗って、軽く絞り、陰干しします。
(今回は陰干しができず、そのままお持ち帰りいただきました。)

 

◆ 作業の様子

講演後、参加者の皆さんには、
早速、植物染を体験していただきました。

約40名の方が参加されていたので、
半分に分かれて順番に作業を行いました。

参加者の皆さんには、
手袋とエプロンを持参してもらうよう
お願いしていたので、
それぞれがそれぞれの手袋、エプロン姿で
1つのボールやタライに
2〜3人同時に手を入れ、
楽しそうにおしゃべりしながら
作業をされていました。

初対面同士でも、
「どんぐりってこんな色なんですね!」と、
話が弾んでいました。

また、布を上下に動かしながら染める中で、
それぞれの方ができあがりのイメージを持ち、
斜めに色を入れたり、
ぼかしを入れたり、
濃淡をつけることで、
1枚1枚が違う作品に仕上がりました。

約1時間の作業でしたが、
あっという間に時間が過ぎました。


染めていない時間には、
参加者のみなさんが、
吉岡先生に草木染について、
色々な質問をされ、
その質問に対して
丁寧にお応えいただきました。

大変勉強になる、
充実した時間を持つことができました。



第3部
ほっこりタイム
北尾晴富堂(きたおせいふうどう)の
お火焚おこし。
柚子の香りがほんのりとします。


この季節は京都の各神社で
お火焚きが行われています。

このお火焚には「お火焚饅頭」と
「お火焚おこし」を
いただくことになっています。

そのため
この日のほっこりタイムでは、
「北尾晴富堂(きたおせいふうどう)」の
「お火焚おこし」と
お茶を頂きながら、
先生とのお話を楽しみました。

体験の時に
個人的に質問をされた内容を含めて
お話いただきました。




Q. どの生地が植物染で一番染まりやすいですか?
A. 絹が一番染まりやすいです。

動物性たんぱく質は自然染料が入りやすいからです。

この理由から、ウールも色が染まりやすいですが、
絹は蚕の繭から作るため、1本1本の糸が均一で、
きれいな色を染めることができます。

木綿や麻など植物性の布は染めることが非常に難しいです。
   
Q. 自然のものを着ると体に良いと感じますが、実際にそうですか?
A. 絹を着ると体が楽になります。

絹は、暖かく、体にも良くて体に負担がありません。

昨今、多くの人が着ている服は化学染料で染められ、
化学繊維から作られています。

私の個人的な意見ですが、
化学的なものはやはり体に良くなく、
アトピーなどの原因などにもなっているのではないかと思います。

日本人はもっと衣服に対して関心を持つべきです。もっと親しんでほしいと思います。
   
Q. 自然染料で染めた色は、色落ちにしやすいですか?
A. 基本的に完全に退色はしません。

しかし、徐々に色が落ちると思うので、
中性洗剤を使用することや、ぬるま湯で洗うことをお勧めします。

漂白は人口的なものであり、
漂白をするから色落ちしない化学染料を使用する。

化学染料を使うから強い漂白剤を使用するようになる。
というように、このような負のループが出来上がっています。

昔は、漂白のために太陽の光の下に布を晒していました。
   
Q. 植物染に適している時期はいつごろですか?
A.

基本的に、秋が一番よく染まります。

しかし、藍は発酵させて染色をするため、
夏場の作業が一番適しています。

紅花は摘むのは真夏ですが、染めるのは寒い時期が良いです。

このように、植物によって特性が違うので、1つ1つの植物の性質を見極めることが重要です。

   



サラダ隊 聖護院大根 の 思ったこと
今日1日で、植物染の魅力を
たくさん教えていただきました。

植物染は身近で、
家でも手軽にできるということ、
季節を感じられること、
自分で拾った植物から
抽出された染液で
染めることの驚きと喜び、
植物染から生まれる人と人
人と植物の繋がりを
感じることができました。

吉岡先生は、毎年、
東大寺お水取りの
椿の造り花の紅花染和紙、
薬師寺の造り花の紫根染和紙、
などを植物染で奉納されたり、
春日大社、
伊勢神宮などの社寺の
伝統的な行事にも
多く仕事をされています。

苦労されて再現された技術、
後世に伝えるべく、
本の執筆もされ、
素晴らしいお仕事をされています。

紅花や藍なども栽培され、
原料にしていらっしゃり
染色を通して歴史、
地球環境など多くのことを
一歩進んで提示してくださっています。

吉岡先生が講演される姿を見て、
実際にお話をさせていただいて、
自然とともに生きておられるのだなぁと感じました。

その先生が作る作品には優しさがたくさん詰まっています。

本当に貴重なお時間を過ごさせていただきました。

参加者のみなさんにお持ちいただいた、
たくさんの団栗は、
吉岡先生が工房に持って帰られました。

きっとまた、素晴らしい作品となることでしょう!


当日のアンケートから
場所が良かったです。

人数が今回多いので、染めるのが大変でしたが、
後のほっこりタイムでお話がきけてよかったです。

質問がユニークで面白かったです。

どんぐりをみてもこれで染めてみようと
思ったことはありませんでした。

でも茶や鉄とであうことで「すみ色」になることがわかって、
少し知識が増えてうれしかったです。

これからはいろんなものが何色だろう?と
思って新しい視点が増えそうです。

『和』とはじかんが少し豊かになることですね。
今回はありがとうございました。
今日の講座は面白かったです。
自然のものはいいですね。
乾燥して出来上がるのが楽しみです。
貴重な体験を有難うございました。

吉岡先生の一貫した考え方を聞き、有意義な時間を過ごせました。

初めての染織の体験させていただきありがとうございました。

染の材料がいっぱいある田舎暮らしですので
ぜひもう一度家でやってみます。
お話も興味深いものでしたし楽しい経験となりました。
家でもやってみたいです。
吉岡先生のお話はこれまで
何度かお聞きしましたが、
いつも新しい発見があります。

体験するということは、
何かにつけて大切なことだと感じます。

自然の色を染めるというのは、
昔の人たちの知恵でそれを
受け継ぐことのすばらしさを実感できました。
自然の摂理にしたがうということ、
その通りだと思います。

何事も楽してはダメですね。
本当でしたら私共一般の者では
お目に掛かれない吉岡先生に
こんな近くで直々に教えて頂けて、
大変感動いたしております。

本日は本当にありがとうございました。
染めにはまってしまいそうです。
染めの体験もとても貴重な経験でしたが、
ほっこりタイムで暮らしには本物をもっと衣食住に関心をと、
いろお話にとても共感しました。

玉林院さんの拝観も心がおちついてとてもよかったです。
たいへん勉強になりました。
初めて参加しましたが、
楽しい雰囲気の中で体験することができました。

吉岡先生は大変有名で偉い先生というイメージでしたが
気さくにお話をされ、
こちらも気楽に学習することができました。

ありがとうございました。
スタッフの皆様方もおつかれさまでした。
自然な集まりで一人でも気軽に参加でき楽しかったです。

家に枇杷の木が多くあります。
何か染色に使えるのかお知らせください。

お茶にして飲んだりしますが染める時、
何を入れて媒染するのでしょうか。

今回はこれまでとは全く違う感じで
年1回ぐらいはこんな講座もいいと思う。
体験学習は身につくので素晴らしい。

身近な素材の変身に驚き、
新たな素材でもやってみたいと思う様になりました。

スタッフの方の準備、大変だっとと思います。
感謝いたしております。

又間の和菓子も忘れていた味を思い出し、
懐かしくもあり、うれしかったです。
ホッコリタイムが楽しみです。

講師の先生方と生の会話ができるのもうれしい限りです。
非常に参考になりました。
ありがとうございました。
本日はとても勉強になりました。

吉岡先生のお話が大変興味深く
今後の生活に生かしてゆきたいと思います。

スタッフの方々、吉田さん見えぬところでお世話になっています。

頭が下がります。有難うございました。
スタッフの皆さま、準備等大変でしたね。
ご苦労さまでした。


スタッフ後記

今回の「日本文化そもそも」では、
体験の準備のため、
午前中からスタッフが
会場のセッティング、
団栗の煮出し作業などを行いました。

初めての場所での開催でもあり、
ブルーシートを敷いたり、
たくさんの荷物の運び込みなども
数日前に行いました。

また、火を使うため
安全への配慮も必要でしたので、
みんなでたくさん話し合いながら
準備を行いました。

保育園なので
椅子に積み木を利用したり、
参加者のみなさんが
体験しやすいような机の配置にしたりなど
工夫を凝らしました。

実際に染色の経験があるスタッフが
染めの準備や参加者のお手伝いをしました。

会場への誘導係、受付、
タイムキーパー、お菓子係、撮影係など
たくさんの人数がスタッフとして
動き回りました。

講座に参加されていた方の中には、
お子さんから年配の方まで、
また、赤ちゃんを背負いながら
染めておられるお母さんもおられました。

そのお母さんは、始まるまでの時間、
保育室でスタッフと
お話も楽しんでおられました。

今回開催された大徳寺保育園には中庭もあり、
小さな子ども達が集まり、
仲良くなって砂場や鉄棒などで遊んでいました。

私自身、様々な年代の方と
お話させていただく機会は少ないので、
非常に楽しい時間を過ごさせていただきました。

今後もたくさんの方のご参加をお待ちしています。

   

日本文化そもそも レポート

和文化サラダ レポート

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