和文化サラダは日本文化のエッセンスを
サラダボウルのようにいろいろ体験できる講座です。
季節をテーマとして、その道の先生に優しく楽しく語っていただきます。

これは和の学校ボランティアスタッフが「サラダ隊」となって
それぞれの感性で書く「和文化サラダ」レポートです。

和文化サラダの全講座内容と各先生のプロフィールはこちら。申し込みもできます。

読売新聞ホームページでも掲載されました。


和文化サラダ 第5回 平成19年2月10日(土)


   〜ひなまつりの世界〜
 
レポート:サラダ隊 金時にんじん  写真:松尾宇人 金時にんじん


第1部 田中正流先生 講演
図を映して、わかりやすく、ひなまつりの歴史について
お話される田中先生。

宝鏡寺所蔵のおひな様を
会場に飾らせていただきました。
江戸後期のもの。
めったにお寺を出られることはないおひな様・・・
この日のことをどのように思われたでしょうか。

今回の講師をご担当いただいた田中さんが
学芸員として勤務されている「宝鏡寺」は、
「人形寺」として全国に有名なお寺です。
宝鏡寺ホームページ

毎年、この時期になると全国各地から
ひな人形の正しい飾り方についての
問い合わせが増えるそうです。

そもそもどのような飾り方が
正しいかという考え方は、
明治以降、ひな人形の販売が
人形屋からデパートでのセット売りが中心になっていったことがきっかけだとか。

お人形を一式セットにして販売する際、
飾り方の見本とし て
デパート側が参考にしたのが
昭和天皇の即位式の時の写真だったため、
男びなが向かって左、
女びなが向かって右という形が
一般家庭に浸透していったようです。

昭和天皇の即位式は
洋装にあわせた西洋式の立ち方だったため、
京都では今でも昔ながらの、
男びなが向かって右、女びなが向かって左
という置き方をする家も多いそうです。

第一部では、ひなまつり、ひな人形の起源と歴史についてお話いただきました。

ひな人形の起源は、平安時代の頃とされています。

当時は季節を問わず、女の子のおままごと遊びで「ひいな」という小さな人形が使われており、「源氏物語」の絵巻でもそのような人形遊びの場面が描かれています。

平安時代の人形は屏風などに立てかけて置く「立ちびな」タイプが主流であり、人形の他にも様々なお道具類を並べて遊ぶものだったようです。

今のような壇飾りが登場し始めたのは、江戸時代に入ってからのことです。

江戸時代には、陰暦の3月の最初の巳の日に、川に草や紙で出来たひとがたを流す「上巳の祓い」という行事が行われていました。

元々は中国の風習であるこの「上巳の祓い」と、日本の平安宮中で行われていた「ひいな遊び」とが結びつき、3月3日が、女の子の健やかな成長を願う「ひな祭り」の日として考えられるようになりました。

宮中では畳の上に飾られていたひな人形ですが、江戸時代の庶民の間で飾られるようになってからは、押入れやたんすの引き出しを利用した壇飾り形式が主流になります。

最初はその家の人形やおもちゃを何でも並べていたそうですが、次第に、ひな人形やお道具類の数の多さや豪華さがその家の富のステイタスとして考えられるようになっていき、華やかな人形が数多く作られました。

それでも当時はまだ今のように、男びな女びな、三人官女、五人囃子といった置き方の決まりごとは特になく、男びな女びなはそれぞれいくつ飾っても良かったようです。

ひな人形が嫁入り道具の一つとして考えられるようになってからは、おばあちゃんの、お母さんの、娘さんのというようにそれぞれのおひな様を並べて飾ったり、また一つのひな人形を受け継ぎつつ、毎年、お道具類や三人官女など他の人形を買い足して行くといった飾り方も珍しくありませんでした。

今のような七段飾りが主流になったのは、前述した、明治以降のデパートでのセット販売が始まってからのことですが、基本的に飾り方や男びな女びなの左右の位置は自由だそうです。

女の子の健やかな成長を願って飾るおひな様は、
地方や時代によって様々な飾り方があります。

宝鏡寺では、3/1〜4/3の間、春の人形展が開催され、
今年はちょうど100回目の人形展にあたるため
「源氏物語のひいな」というテーマで、
宝鏡寺の所蔵する源氏物語関連の絵図、屏風の他、多数のおひな様が飾られます。

(今回の参加者の皆様には、宝鏡寺さんのご好意により、本人形展の招待券をいただきました。ありがとうございました!)

<源氏物語とひいな>
会期:平成19年 3月1日(木)〜4月3日(火)
時間:10:00〜16:00(閉門)
料金:大人600円 小人300円(団体割引有り)


第2部 折り紙でひな人形を作ってみよう!


第2部では、折り紙を使ったおひな様作りに挑戦しました。

参加者の皆さんには、受付で色とりどりの折り紙の中から好きな色を選んでもらいました。

折り紙は久しぶりといった皆さんも多かったのですが、
野村裕美先生の指導を受けつつ、何とか完成!

参加者一同、童心に帰ることの出来た時間だったと思います。

紙で作ったおひな様は、ひなまつりが終わったら、お礼の言葉と共に処分し、
毎年新たに作ってもいいし、片付けて毎年飾ってもいいそうです。

お人形に対する「感謝の気持ち」さえあれば、飾り方は自由というのは、ここでも基本姿勢のようでした。

中央が、皆さんに配った和紙の折り紙。
普通のものと違い、やさしい日本的な色です。

淡交社の「宝鏡寺」、
マリア書房の「全国お雛めぐり」などの
美しい本も販売されました。
おひな様の折り紙を指導してくださった
野村裕美さん(左)。
愛知県から来てくださいました。
ご本人は元図書館司書。
リブマニアという「図書館を愛する人」のための
ホームページの運営をされています。

男性も久しぶりの折り紙に挑戦です。
田中先生も挑戦です。
宝鏡寺のご門跡も参加してくださいました。
約150年前に生まれたおひな様と、今日生まれたおひな様を並べてみました。
折り紙のおひな様は見本なので大きめ。皆さんに作ってもらったのは、もっと小さいおひな様です
参加者の方が作った、この日のおひな様。
とてもきれいに出来ました!
 
折り紙のあとは「ほっこりタイム」。
お茶とお菓子を楽しみながら、自由にお話をする時間です。
田中先生に多くの人が、いろいろな質問をしていました。

本日のお菓子:亀屋伊織
貝づくし。柳結び。 
貝づくしの上品な甘みが、柳結びの胡麻の香ばしさを引き立たせていました。

サラダ隊 金時にんじん の 思ったこと
本日のお花:花政
「ひなまつり」
白とピンクの桃の花と黄色い菜の花、
紫色のミヤコワスレが一輪アクセントになっています。

「ひな祭りが過ぎた後も
ひな人形を片付けずにいると結婚が遅れる」というのは、
最近になってから出来た俗説だそうです。

講師の田中さんは、この説について、
女の子の情操教育としての「お片づけ」を教えるために
言われるようになったんじゃないか。と説明されておりましたが、
女性の私には、他にも思うところがありました。

ひな人形を片付けなければお嫁に行けない。
というのは、きっと女の子を夢の世界から
現実の世界へ戻すために言われるようになったのではないかと思うのです。

今回、会場に陳列されたおひな様の他、
参考書籍でもたくさんの美しいおひな様を見る機会がありましたが、

こんなに愛らしいおひな様やお道具類が
家の中にずっと飾られていたら、
女の子はいつまでも大人になれないかもしれないな、
と感じたのです。

現代の日本では、
TVゲームやマンガの登場人物しか好きになれない、
という人もいます。

ゲームの登場人物やお人形は
いつまでも年を取りませんが、
人間は年を取り、少女は大人の女性へと成長していきます。

そして、明日のおかずや、ダイエットや、
近所付き合いなどの現実的な心配事に
囲まれた世界で生きていかなくてはなりません。

ひな祭りというのは、春のひと時、どの年代の女性にも、
少女の頃のような乙女心を思い出させてくれる行事だったのではないでしょうか。

早く片付けないとお嫁に行けないというのは後から作られた俗信なので、
いつまでに片付けないといけない、という決まりは、はっきりとはないそうですが、
お人形を片付けることで、
夢と現実のケジメをちゃんとつけるという事の必要性を問われているように私は感じました。

また、徳川14代将軍、家茂公に嫁いだ皇女和宮さまのお話もとても印象的でした。
当時は「ひいな満て」という行事があり、
女の子は13歳〜14歳になると、ひな祭りから卒業するという意味で、
自分のひな人形を周囲に配るという習慣があったそうです。

本日の受付のお花:花政
「牡丹が咲いていたから」
大輪の艶やかな牡丹が一輪。
受付に華を添えてくれました。
皇室から将軍家に嫁いだ和宮さまもこの「ひいな満て」の行事を行ったそうですが、
その後、やはりご自分のおひなさまを恋しがり、
ご降嫁後の江戸城でも、ひな人形を飾ったそうです。

ところが、皇室のひな人形の飾り方は、
平安宮中の名残を残す畳の上にお人形を並べる形式、
壇飾りが主流だった江戸においては、こういった風習の違いによる確執もあったようです。

京都から江戸に嫁いだ和宮さまの心細さを慰めてくれたおひな様は、
現代でも様々な女性達の不安や迷いを慰めてくれているのだと思います。

その家の娘さんのためだけではなく、
きっと初めての育児に奔走するお母さんや、お祖母ちゃん、
そんな全ての女性にとって大切な夢を見る事の出来る行事なのではないかな。と思った回でした。
 
当日のアンケートから

今まで何気なくしていた行事を掘り起こして考えてみることで、
いろいろな意味が見えてくるんだと思いました。
これからも日常の中で、多面的に捉えることができるようになれば、面白くなるのではないかなぁと思います。

面白く拝聴しました。
私は車の文化で育っているので、ひなの変遷など今までと違った視点で勉強になりました。
山形の谷地のひな人形を何度か見にいっていますが、
その時感じた違和感は京都の文化の直輸入のためだったのだとわかりました。ありがとうございました。
地域ごとの特徴あるお雛様も見てみたいと思います。
日本には素敵な文化があると、また再確認することができました。
数百年も形を変えながらも続いている文化を絶やさないように守っていく事や、
これから数百年も続いていく素晴らしい文化を、今の私たちが作っていけているか・・・
色々と考えるきっかけになりました。
歴史がわかっておもしろかったです。
京都飾り(御所文化)を私は継承していきたいです。

スタッフ後記


今回は、受付のお花、折り紙、おひな様といった、
老若男女問わず、乙女心を味わうことの出来た回だったと思います。

写真の皆さんのお顔が本当に楽しそうなのが印象的でした

今回の参加者の中で一番年長だったのは、展示されたいたおひな様!
約150年前のものだそうです。

京都では昔から、分業制で人形作りを行っており、
人形の頭を作る人、髪だけを作る人、着付けを専門に行う人、
など全ての工程が専門の職人さんに行われています。

前日準備のセッティングの際にほんの少しだけ、イスにお座りいただいたこのおひな様ですが、
150年のお人形生活の中で初めてイスに座ったかもしれません。

おひな様が見つめて来られたであろう悠久の時の流れに、
思いを馳せずにいられないスタッフ一同でした。

和文化サラダは、ご好評につき、4月からも継続が決定しました。詳細は近日中に当サイトにて掲載いたします。

毎回ご協力いただいている花政さんの他、
俵屋吉富さん、亀屋伊織さん、黒田装束店さん、オフィス京都さん、
3月にお世話になる末富さん、鶴屋吉信さん、
そしてshin-bi田村さん、参加者の皆様、各講師の先生方、本当にありがとうございます!

サラダ隊のメンバー3名も引き続きレポーターを担当させていただきます。

どうぞよろしくお願いいたします。

この日の花は、花政の方が
当日現場で生けてくださいました。
ライブで花が生けられる様子を見ることも
なかなか無い体験です。
書家の紅楓先生が
タイトルを書いてくださいっています。
いつも美しい字をありがとうございます。
講座も終わり、おひな様もお帰りです。
私たちスタッフは触れられませんので、田中先生が全てしてくださいました。

 

次回は、3月2日(金) 「彼岸 〜仏さまを知る〜」 梶田真章先生 です。

和文化サラダの全講座内容と各先生のプロフィールはこちら。申し込みもできます。


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