「和の学校」推薦図書

選者:図書委員 熊倉功夫先生 松岡正剛先生   

※2001年頃に選んでいただいたものです。

〜選び方〜
大前提「和についての本であること」
1 古典は入れない。(選んでいたら、あっという間に100冊以上になるから)
2 現代的視点から見て「古典」にふれたものはOK。
3 基本的には昭和以降のもの。
4 現在入手可能なもの(入手不可能なものもあります)



歴史関連 神話 民俗・風土 宗教
思想・哲学 文学 美術・工芸・芸術 建築・造園
音楽 芸道
(茶の湯・花道・能・狂言)
教育 倫理
科学 政治・社会 経済・経営 生活文化
「衣」・「食」「遊」
日本語 日本文化論・日本人論 自伝・ノンフィクション・
その他
 


特にお薦めの本に関しては書評がついています。

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歴史関連
網野善彦 「日本論の視座-列島の社会と国家」
 
小学館ライブラリー1993年刊 



井上ひさし 「表裏源内蛙合戦」
新潮文庫 1997年刊 

司馬遼太郎 「明治という国家」上下
NHKブックス 1994年刊 


神話

折口信夫 「死者の書 身毒丸」
中央口論新社中央文庫 1999年刊

谷川健一「白鳥伝説」上・下 
小学館文庫 1985年刊 


民俗・風土

宮本常一 「忘れられた日本人」
岩波文庫 1984年刊 



民俗学者宮本常一は、
この一〇〇年間の日本人のなかで、日本中の村々を一番よく歩いた人だろう。
ただ歩いただけではない。そこでどんな人がどんな生活をしているか、見て歩いた。
それも、ただ見るだけではない。
村の男や女や、職人や乞食が、どんな思いで、どんなことを語ったか、
ありのままにききとってきた。
その語り手は、おそらく宮本常一が話をきかなかったら、
そのまま名もしれず消えていった人ばかりである。
六〇年ほど前の日本にこんなすごい人がいたのかと驚かされるのは、
きき手の宮本常一がすばらしい感性の持ち主だったということもあろう。
われわれが学校で教えられてきた日本人と、
全く別の、もっともっと面白い日本人が庶民のなかにいたのをみごとに描きだした。
ある馬喰は盗みを働き、女をたぶらかし、極道をかさねたが、
その間にどんな人との出会いがあったか。
そこにはとても悪人とだけはいえない人間の真実が語られている。
言葉や理論をこえたぬくもりのある最高の庶民史である。 (推薦文:熊倉功夫)

宮田登 「都市とフォークロア」
お茶の水書房 1999年刊


和辻哲郎 「風土」
 岩波文庫 1979年 

大林太良「正月の来た道」
 小学館



先日亡くなった著者の一般向けの名著である。
著書は、日本に年中行事がなくなりつつあることを恐れてその価値を問いなおし、
そこにひそむ「しくみ」に文化の重要な本質が保存されていることを強調しつつ、
それらの課題の多くがいまなお「正月」という行事に集約されている可能性を解く。
たしかにわれわれは「正月」だけはなんとなく“励行”している。
したがって、もし「正月の意味」がもっと日本人の中に降りていけば、
そこから日本文化の隠された装置が起動しるかもしれない。
本書にはそうした著書の言外にこめた望みが満ちている。
しかし、記述はあくまで視野を広くとってある。
そこが大林民族学の真髄頂なのである。
「正月」がアジアを背景に日本に漂着し、さらに独特の磨きがかかっていった経緯に、
ぜひとも目を配られたい。(推薦文:松岡正剛)

宗教
梅原猛 「地獄の思想」
 中公新書 1967年刊

鈴木大拙 「禅と日本文化」
 岩波新書


思想・哲学
九鬼周造 「いきの構造」
 岩波文庫 1979年

文学
斉藤茂吉 「万葉秀歌」上下 
 岩波新書 1968年
目崎徳衛 「出家遁世」
 中央公論社 1976年


目崎徳衛 「数寄と無常」
 吉川弘文館 1988年刊
唐木順三 「無常」
 ちくま学芸文庫1998年刊

唐木順三 「日本人の心の歴史」上下
 ちくま学芸文庫1993年刊

   


松田修 「刺青・性・死 逆光の日本美 」
 平凡社選書 1972年刊 *絶版
永井荷風 「江戸芸術論」
 岩波書店 2000年刊

加藤郁乎 「日本は俳句の国か」
角川書店 1996年1月 *絶版


 著者には『牧歌メロン』ほかの詩歌集がある一方、江戸前期の俳諧趣味や
江戸後期の古神道を語らせると他の追随を許さないものがある。
吉田一穂や稲垣足穂についても鋭い批評をもたらしてきた。  
 その著者が本書では、得意の俳句の真髄を問うた。紹介される俳句は、
古いところは宗因や芭蕉や守武や京伝だが、それを読み込むにあたっては、
富沢赤黄男や永田耕衣や三橋敏雄らの、
いわゆる“難解現代派”がどしどし引用されるので、よほど魂胆がないかぎり、
著者の絶妙な批評がわからない。
しかし、現代の俳句にはこのくらいの辛口こそが必要なのであって、
何でも俳句になると思っていては、
せっかく芭蕉が発句を切断してみせた意味がないのである。  
で、著者は日本は俳句の国なのではなくて、
俳句へと削いでいくものがないかぎり日本ではないのだという見方を提示する。
こんな句が評価されている。
「いろはにほへの字形なる薄哉」(宗因)、
「白扇のゆゑの翳りをひろげたり」(上田五千石)、
「しばらくは雀まじへぬ冬の山」(耕衣)。
俳句はバカにしてはいけません。 (推薦文:松岡正剛)


美術・工芸・芸術
鶴見俊輔 「限界芸術論」
 ちくま学芸文庫 1999年刊
柳宗悦 「民藝四十年」
 岩波文庫 1984年刊


建築・造園
堀口捨巳 「草庭-建物と茶の湯の研究」
 筑摩叢書1968年刊 *絶版
内田繁 「インテリアと日本人
 晶文社 2000年刊

著者は日本を代表するインテリアデザイナー。
初期はミニマリズムを主題に、カフェやブティックやデザイナーズ・レストランを手掛け、
その後はイタリアの建築家アルド・ロッシと組んで
時間と空間をつなぐデザインを細部にわたって展開してきたのだが、
90年代に入ってからは日本文化研究に乗り出し、
茶室の現代化を含めた「和の実験」に取り組んでいった。
本書には、そうした著者による独自の日本空間解読の手法が紹介されている。
21世紀における和の空間づくりに関心のある者には必読書。 (推薦文:松岡正剛)
藤森照信 「日本の近代建築」上下
 岩波書店 1993年刊

   

音楽
小泉文夫 「日本の音、世界のなかの日本音楽」
 平凡社ライブラリー 1994年刊

樋口覚 「三弦の誘惑」
人 文書院

   

サブタイトルに「近代日本精神史覚え書」とあるように、
明治の文人たちの精神の軌跡を追ったものだが、
主題が文人たちの邦楽趣味に絞られている。
つまり、近代の日本人はどのように三味線の世界を享受したのかという視点でのみ
近代日本の問題を詳らかにしていこうとした意欲作なのである。
子規と兆民の義太夫に対する傾倒に始まって、
露伴・透谷・二葉亭の俗曲趣向に及ぶという展開で、
中間に近松と徂徠の思索の原点をおいているところが興味深い。
最終章では、谷崎の「蓼食う虫」を素材に日本人の身体にしみこんでいる
邦楽的湿気のようなものを取り出している。
本書のように、近代人が受容した邦楽感覚もふくめてまだあまりない。
しかし、実際には明治の文人たちの大半が
俗曲文化の中にどっぷり浸かっていたのである。(推薦文:松岡正剛)

芸道(茶の湯・花道・能・狂言)
西山松之助 「江戸っ子」
 吉川弘文館 1980年刊

 


多田道太郎 「しぐさの日本文化」
 埼玉福祉協会 2000年刊

 


千登三子 「千家今日庵 内外の日々」
 淡交社 1999年刊

千宗室 「茶の真諦 道・学・実」
 淡交社 1980年刊

 


渡辺保 「歌右衛門伝説」
 新潮文庫 1999年



服部幸雄 「歌舞伎キーワード」
 岩波新書 1989年


林屋辰三郎 「歌舞伎以前」
 岩波新書 1954年


野村万蔵 「狂言・伝承の技と心」
 平凡社

七世万蔵(現在は萬を襲名) の芸が佳境に達していたころの語り下ろしの一書。
いわゆる芸談とちがって、狂言という“方法”を
総合的に素人にも玄人にも説こうとしていることろが出色である。
本書の大半は、他の能歌舞伎の紹介書同様に狂言の作品を次々に
案内しているのだが、そこに、狂言が独自に確立した演技性、狂言の演者が
狂言に向かうときの工夫の数々、狂言が宿命的にかかえている問題、
狂言が経てきた歴史性などを、実に的確に入れこんでいる。
その入れこみかたが激しく、甘くない。
また後半の3分の1には、おそらくほとんどの観客が知らないとおもわれる
狂言世界の専門的な用語をつかって、その用語がもつギリギリの意味を問うている。
総じて入門書にしては深すぎるきらいがあるが、
それだけに「和の本質」に迫るものがある。 (推薦文:松岡正剛)


科学
湯川秀樹 「旅人 ある物理学者の回想」
 角川文庫 1960年

岡潔 「日本の心」
 日本図書センター 1997年


今西錦司 「私の進化論」
 新思索社 2000年



政治・社会
丸山真男 「日本の思想」
 岩波新書 1978年

中根千枝 「タテ社会の人間関係」
 講談新書 1980年

土居建郎 「甘えの構造」
 弘文堂 2000年


川島武宣 「日本人の法意識」
 岩波新書 1967年

生活文化
「衣」


幸田文 「きもの」
新潮文庫  1996年12月発行
 これは着物に関する随筆ではなく、小説である。
代表作『流れる』や『おとうと』とは趣向がちがうが、
日本人が着物をどのように見てきたか、
どのように着物と対話してきたかが、
幸田家の一隅から淡々と観察されていて、まことに読ませる。
露伴の娘として生まれ育った著者は、
つねに日本文化のひとつの原型としての着物と付き合ってきた。
この作品ではそこを、主人公るつ子が、お母さんの着せてくれる着物と、
おばあさんが着物について話す趣味とのあいだに入って、
しだいに「日本の女」として目覚めていくという筋書きになっている。  
 そういう意味では、これは男の世界ならビルドゥングス・ロマンにあたるもの、
すなわち精神がしだいに修養形成されるという物語の結構をとるわけなのを、
そこを女の目に変えて瑞々しく仕立てた。  
読みどころはいろいろあるが、たとえば「着替えが始まった」という1行から
次々に繰り出される情景と心理の綾こそは、
いまわれわれが取り戻すべきもののひとつなのである。(推薦文:松岡正剛)
「遊」
今和次郎 「考現学入門」
 ちくま文庫 1987年

日本語
上章 「象は鼻が長い」
 くろしお出版 1986年
大野晋 「日本語をさかのぼる」
 岩波新書 1974年
武田泰淳 「政治家の文章」
 岩波新書 1998年アンコール復刊

日本文化論・日本人論
内村鑑三 「代表的日本人」
 岩波文庫 1995年
キリスト者の内村鑑三が代表的日本人として選んだのは、
今日の日本人には意想外な人選だろう。
日蓮、中江藤樹、二宮尊徳、上杉鷹山、西郷隆盛なのだ。  
もともと内村は札幌農学校を出てアメリカに渡って、
彼の地のキリスト教のありかたに失望した。
とうてい魂の救済をしているようにはみえなかったからである。
しかし、日本に帰ってきた内村を待っていたものも、また失望だった。  
そこで内村は「二つのJ」ということを考える。
ひとつは“Jesus”、ひとつは“Japan”。
この二つのJをつなげていくことが内村が生涯を賭けた
日本的キリスト教の樹立というものになっていく。  
本書はそのような決意をしつつあった内村が、
日本人にひそむ精神性にもキリスト教的な本質があるということに
気がついていった記念的な著作である。
ドイツ語版の序文には、こんなふうに書いていた。  
「私は、宗教とは何かをキリスト教の宣教師より学んだのではありません。
その前には日蓮、法然、蓮如など、敬虔にして尊敬すべき人々が、
私の先祖と私とに、宗教の真髄を教えてくれたのであります」。
こういう日本人がいなくなった。
また、このように日本人が日本人を選ぶ勇気がなくなった。(推薦文:松岡正剛)
谷崎潤一郎 「陰翳礼讃」
 中央公論社 1995年刊
『細雪』などの名作を書いた文豪谷崎潤一郎の日本文化論。
題名はむずかしそうだけれど、内容は、アッと驚くほど新鮮で面白い。
たとえばトイレの話。
谷崎にいわせると日本の便所のうす暗くて秘めやかなところがすばらしいという。
あるいは能衣裳の話。
金箔や色あざやかな刺繍をした能衣裳なのだけれど、
実際能舞台で見たらどんなものか。
能舞台には明るい照明はない。
暗い舞台の上に黄色い肌の色をしている日本人があの華やかな衣裳をまとって
登場すると、すべてが一つの調和をもった奥の深い美をつくりだす。
つまり日本の美とは、一定の暗き、あるいは陰の部分のなかにあらわれるということを、
谷崎は論じている。この本に力強い説得力があるのはなぜだろうか。
近代、われわれは明るいことを良しとしてきた。
暗い道は避け、照明は必要以上に明るく、
強烈な光の乱舞するイベントに慣らされてしまったけれど、
その結果、本当に心の安まる美を忘れているからではないか。
(推薦文:熊倉功夫)

ロランバルト 「表徴の帝国」
 ちくま文庫 1996年刊
岡本太郎 「日本の伝統」
 みすず書房 1999年刊
河合隼雄 「中空構造日本の深層」
 中公文庫 1999年刊 571円
梅棹忠夫 「文明の生態史観」
 中央公論新社 1998年刊
加藤周一 「雑種文化」(加藤周一セレクション5)
 平凡社 1999年
李 御寧 「縮み志向の日本人」
 講談社インターナショナル 1998年刊
志賀 重昂 「日本風景論」
 
講談社学術文庫
本書は日清戦争の最中に登場し、たちまちベストセラーになった。
それまで日本には本格的な風景論がなかったせいである。
志賀重昴は札幌農学校時代の清新な自然研究意識を下敷きに、
みずから列島各地の山野を跋歩して、
迸(ほとばし)るような言葉によって地理学の精髄をおこし、
詳細な用語を景観学に蘇らせて、初めて「日本の風景」を普遍化しようと試みた。
従来の花鳥風月的な日本の風景を紋切り型の語り方は、
本書によってやっと新たな地平を拓いたのである。
叙述はあくまで科学的に実証的でありながら、
文中の多くに日本文学の古典を引用したためでもあった。
本書はまた、近代日本の登山史の火付け役にもなっている。
志賀は三宅雪嶺・杉浦重剛らと政教社を設立して「日本人」を創刊、
“国粋保存主義”を説いた。
本書はあくまで風景論ではあるが、
こうした志賀の思想が随所にあらわれてもいる。(推薦文:松岡正剛)
桑原武夫 「日本の名著 近代の思想」
中央公論新社  1979年発行
 

自伝・ノンフィクション・その他
荒畑寒村 「寒村自伝」上下 
 岩波文庫 1975年
   



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